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『観光地アップデート』
河津桜が満開の時期を迎えた。駅を出ると桜色の幟がちょこちょこと立ちのぼり、冬の名残りを纏った冷たい風を受け、たなびいていた。バスやタクシーが止まるロータリーの軸部分にも、もこもこに花びらを着飾った木々がある。停車中の車の隙間を潜り抜けてその木の元に駆け寄り、桜と戯れているのはおそらく観光客の人々だろう。 はてさて、去年は「ロータリーに立ち入るのはご遠慮ください」というアナウンスが流れていたような?今年はもはや諦めたのかそんな声は聞こえず、観光客の持つスマホやカメラのシャッター音が囃子のように響いていた。 メインの河津桜がいっぱい咲き誇っている水路は、駅からもう少し西に歩いたところにあり、普段は閑静な住宅街の通りが、大型キャリーを転がす人、リュックサックを背負ってる人、着物を着て頭の先からつま先まで念入りにセットをした人など、ザ・京都へ観光に来ました!という人々で賑わっていた。 その道のりに沿って、桜をモチーフにしたハンドメイド作品を売る出店、たこ焼きやフランクフルトを普段のお店の前で販売している居酒屋さんなどが点在していた。そして淀水路周辺にも桜

ユウキ サクタ
3月18日読了時間: 2分


『雨の日テクテクテク』
久々の東京散策はドンピシャで雨模様と重なった。かさばる荷物を抱えて、雨避けのために傘を差しながら見慣れない土地をテクテク歩くのは、それだけでなかなか体力を消耗する。アプリで手軽に地図を見る機会が増えて(ただの写真どころか360°見渡せるパノラマ画像に変換できたり)、さらには周辺地域のお店なども瞬時に知ることができ、その場に行かずとも臨場感ある情報が手に入る。“地図を見ること”のハードルが下がって、疑似体験のリアリズムが格段に上がっているようだ。 ただそうは言っても、画面上の視覚体験と、実際にその場に降り立って歩いてその瞬間の空気を感じるのとでは大きな違いがあるのも事実で……。 渋谷駅を降りて、代々木公園の方角に向かって歩いていた。お馴染みのGoogleマップを頼りに右手に傘、左手にスマホと、文字通りテクテクテクと。人混みをかき分けながら一歩一歩進んでいたが、ふと我に返った時、足元の地面が急勾配であることに気づいた。よくある上り坂の角度ではない、注意していなければこの雨水でテクテクツルッとスライダーのごとく滑り落ちてしまうくらいの坂道だ。前後左右の

ユウキ サクタ
3月10日読了時間: 2分


『胡椒餅』
三条の商店街を歩いていると懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。ほかほかの香ばしい香辛料の効いた、パリパリに焦がした小麦の香り。観光客で賑わう河原町通りと三条通りの交差する地点にぱっと華やかなパフェサンプルが並ぶカフェからふねや、のお隣に、真新しい胡椒餅のお店が立ち上がっていた。 胡椒餅といえば、3年ほど前グループ展に合わせて台北へ行った時、ギャラリーのオーナーさんに強くお勧めされた夜市のメニューだった。 「こしょうもち、って日本語で充分伝わりますよ~。」という言葉を信じてひたすら夜市を練り歩いた思い出。夜市を代表する名物料理だが、その時歩いていた通りには一件しか胡椒餅を扱っているお店はなく、それも夜市の端の端、底抜けの屋台の音色が途切れる地点に控えめに構えていてもう少しで見落とすところだった。 そんなセピア色に変わりつつある記憶をふいに引っ張り出した香りにつられて、お店の看板を見ると、「台湾創業 窯焼き肉まん専門店『台湾老劉胡椒餅』」と掲げられていた。 ぎっしり詰め込んだお肉と野菜の餡は確かに餅というより肉まんに近い。ちなみに英語表記はMeat pe

ユウキ サクタ
2月24日読了時間: 3分


『時間残数』
残された時間があと10年分だけ、と提示されたら何をするだろう。 もちろん作品制作を続けるだろうとは思う。ただ今のように、自由にマイペースに「無駄を楽しみつつ」自分の表現を追求していく感じにはならないかもしれない。此処で言う「無駄」とは結局身を結ばなかった実験、成し得なかった目標、だらだらと本を読んだりして過ごしたひととき等を指す。 最近は制作に行き詰まると、今自分が甘んじて過ごしている時間がぷつりと途切れたらどうなるだろう……?などと、絵具を混色しながらふとそんな考えが浮かんでくる時がある。ただ其処には悲壮感や諦め感のようなものは無く、純粋な知的好奇心と同じ感覚で「もしこうだったら」というifを想像している。 時間は有限。いや、正確には自分として過ごす時間が有限なだけで、時間そのものは永遠に続く、と思っている。自我が時間を認識しなくなるだけで、今この瞬間に私の人生が尽きても世界が一緒に終わることはない。 人間の文化的生活の変化を遡ってみると、10年の時間は短いとも長いとも言えない。子どもの10年間と30代の10年間が肉体的、精神的に与える影響が異

ユウキ サクタ
2月13日読了時間: 2分


『デジタルキャプション』
京都国立近代美術館にて開催中の特別展「セカイノコトワリ――私たちの時代の美術」を見てきた。やなぎみわさんや森村泰昌さんといった学生時代の美術の教科書にも乗っていた作家さんから、京芸の先輩やお世話になった教授まで、1990年代~現代に至る選りすぐりの美術作家の作品が館内の空間を駆使して展示されていて、見応え満載の展覧会だった。 (以前からだった気もするが)この展示ではキャプションや作品マップが、QRコードを読み込んでPDFをダウンロードするタイプのものだった。ペーパーレス化の余波がこんなところにまで及んでいるとは……。鑑賞後も手軽に作品情報を確認できる、鑑賞の思い出資料を紛失する心配もない。(夏に鑑賞した二条城でのキーファー展もデジタルだった。おかげで撮影した写真と作品情報を見返す際、大いに役立っている。)まさに理想的な変化ではないか。 ただし利点があれば欠点もあるもの。今回のキャプションデータには、作家ごとの作品制作に向かう姿勢や視点、コンセプトがとても丁寧に記されていて細かな情報を知るには充分な資料だった。つまり裏返せば文章量が多く、展示作品を

ユウキ サクタ
2月2日読了時間: 2分


『ステイトメント』
ステイトメント。 美術作家を名乗るにあたり、決して逃れられない言葉だ。 statement をカタカナ表記したものであり、発言、声明、メッセージ、演説など様々な意味を持つ。 此処では作品を生み出すにあたってのコンセプトやテーマ、と言ったところだろうか。 受験絵画地獄が終わって、いざ美大生を名乗るようになった頃の戸惑いは今でも覚えている。それまで各大学ごとの傾向から対策を練って、定められた正解に向けてスパルタ式に何も考えず描いていれば良かったスタイルから、いきなり「自由に何をやっても良い」みたいな放任主義の空気感に放り込まれて、文字通り迷走する事態になった。 何をアートで表現したいんだろう?何を描きたかったんだっけ? 一応大学であるからには、卒業に必須な単位が実技にも設定されていて、デッサンやクロッキー、教授からの演習課題等、授業らしい時間もあったが、それ以上に悶々と作品制作について禅問答自問自答することが多かった。悩んでいる時にできた作品は、描きからテーマまで一貫性も何にもなく、完成後に振り返っても「この時何を描きたかったんだろう?」と作者本人で

ユウキ サクタ
1月23日読了時間: 2分


『おみくじ』
毎年恒例となっている初詣の醍醐味は、新年の先行きを占うおみくじ。参拝を済ませた後、お守りやお札が売られている社務所にて料金を支払い、重たい筒状の容れ物をよ~く振って菜箸みたいな細長い棒を一本取り出す。先端に記された番号の紙を受け取って、わくわくわくと結果を読み込み一喜一憂する。 私の今年の運勢は「吉」。これまで大吉や大凶も引き当てたこともあるせいか、さてどんな反応をしたら良いのか一瞬迷った。ランキングで言えば可もなく不可もない立ち位置だろうか。 「衰えず、乱れず、心は春といきましょう」 今更おみくじや占いで告げられたことを、心の底から信じている人などいないかもしれない。(身も蓋もない。)それでも神社に行けばおみくじ、朝のテレビ番組終盤に流れる星座占い、六十干支による特性など……。科学知識や常識が入り込まないある種の偶然的な引き当てに、多くの人々は惹きつけられているはずだ。(かく言う私もその1人である。) 一緒におみくじを引いた家族は、私を含めて4人。そのうちなんと2人も凶を引き当てた。 「嘘やろ…。」 無神論者の最先端のような人でも、この「凶」の

ユウキ サクタ
1月10日読了時間: 2分


『ご縁ケーキ』
すっかり国民的一大イベントとなったイエス・キリストの生誕祭。宗教イベントのいいとこ取り。特にクリスチャンでなくても毎年ケーキやお菓子を食べたり、何か欲しいものを買ったり、とことん自分を甘やかす日の一つである。 先日、ちょっと嬉しい出会いがありました。 かつて行きつけだったケーキ屋さん(昨年閉店してしまった。)と同じ通り沿いに、バスクチーズケーキ屋sammoがオープンした。実はsammoさん、以前から今のお店と交差点を挟んだ斜め向かいのまぐろ丼のお店で、テナントをシェアして営業していたらしい。そう言われてみると、出入り口に立てかけられていた看板はなんとなく見覚えのあるデザインだった。 新店舗はガラス張りで、中の様子が外からでも分かるようになっている。カフェスペースに小さなテーブルが4つほどあり、ロングベンチが窓際に設置されていた。公園のベンチで寛ぐかのように、若いカップルがカフェデートを楽しんでいた。お皿へ横に寝かせて盛り付けられ、生クリームをトッピングされたバスクチーズケーキと、そのチーズケーキよりも大きめカットなチョコブラウニー、そしてブレンド

ユウキ サクタ
2025年12月28日読了時間: 2分


『プール熱』
とうとうかかりました感染症。 息子が40℃越えの発熱をして、最早常連となっている小児科に駆け込んだ。師走も真っ只中のこの時期だ。毎年流行しているインフルエンザが保育園でも猛威を奮っているとの連絡が届いてて、やっぱり逃げきれなかったか……と覚悟を決めて診察と感染症検査を受けた。 自分自身と違い、小さな子の看病は神経をすり減らす。食事は何をあげたら良いだろうか、入浴は大丈夫だろうか、飲み物はちゃんと飲めるだろうか…等々。自分への感染予防も気をつけなければ。共倒れになったら目も当てられない。制作のスケジュールを組み直さないとな、しばらく自宅療養なら他のドローイングを進められないかな……と、様々な要項を脳内でずらりと並べて吟味していた。 「インフルではありませんね。咽頭結膜熱です。」 インフルエンザ検査で陰性と判明し安堵したのも束の間、ゴツくて聞き慣れない病名に目が点になった。 「アデノウイルスっていうウイルスに感染して起こる病気です。高熱、喉の痛み、結膜炎、下痢が主な症状ですね。別名のプール熱の方が有名かな?」 いやなんでやねん。なんでプールも入ってな

ユウキ サクタ
2025年12月18日読了時間: 2分


『昔ばなしチャンネル』
先日YouTubeにて『まんが日本昔ばなし』の公式チャンネルを見つけた。 今年開設されたほやほやのチャンネル。でも投稿されている動画は懐かしい絵柄と声色で表現されたお話ばかり。主に小学校時代に大変お世話になった番組だが、独特な語りとお話の切り口が癖になって、高校~大学時代も図書館から借りて夢中になって鑑賞していた。いつのまにか年の離れた弟や妹の方が先に卒業していたと思う。 シリーズ自体は1975年に放送を開始してそれなりの歴史がある。放送局が変わったり、一旦終了してもう一度再開したり……そのあたりの概要はWikipediaに詳細に記されている。(毎度思うが、こうした細かな情報を一体どうやって入手して記事にしているのだろう。)私がリアルタイムで見ていたものは再放送のものだった。 このアニメで一番特徴的なのは、ナレーション含むキャラクターの声を俳優の市原悦子さんと常田富士男さんの2人のみでこなしていたことだろう。かぐや姫、山姥、一寸法師、狸や雉を市原さんが、お爺さん、若武者、鬼、猿やタニシを常田さんが演じていて、お話の内容によっては演者が入れ替わった

ユウキ サクタ
2025年12月15日読了時間: 2分
『風邪記録』
先月半ばから家族総出で体調不良となりました。 無事に個展の作品搬入までこぎつけてほっとひと息ついたタイミング。まず息子が保育園から38.3℃の熱で呼び出しがかかり、数日間鼻水と咳と熱をまき散らしながら、謎のハイテンションで部屋中を歩き回っていた。子どもというのは多少の高熱ではへこたれないのだろうか。いつものようにお気に入りのおもちゃや絵本を引っ張り出して、本来の用途とはかけ離れた独自の遊びを満喫していた。「良薬は口に苦し」を諭しても右から左へスルー。全力で逃げまくる。毎朝・夕の薬時間は、元気な時に一緒に遊ぶよりも体力を消耗した。 次は健康優良児のお手本のような相方が、息子から風邪をうつされ鼻水と咳と頭痛に悩まされていた。季節の変わり目は誰もが体調を崩しやすいが、子どもの体内で鍛えられパワーアップした風邪はいろいろと厄介だ。咳で喉を痛め声が発せられない症状も出て、普段の意思疎通のための会話もままならなかった。それでも熱がなかったのは不幸中の幸い。ジョークで渋い声色を持つ友人の物真似を披露するくらい、心の余裕はあったらしい。 2人から少し遅れて、私に

ユウキ サクタ
2025年12月4日読了時間: 2分


『連想旅散歩』
いつのまにか金木犀が見頃をむかえる時期になった。家の近所や駅からアトリエへ向かう僅かな道のりにほんのり甘く澄んだ香りが漂っていて、その香りの源泉には、カールされた葉っぱで着飾った小さな橙色の花の集合体が佇んでいる。 こじんまりとした一軒家の庭先や公園の片隅など、意識して観察してみると至る所で金木犀の木が植生されていた。意外にも金木犀は日本国内で自然分布していない。中国原産の常緑小高木樹で、江戸時代に渡来し挿し木法で全国に広まったとされる。つまり身近にいる金木犀は人々の意思によって其処に根を張り、花を咲かせているわけだ。 種は実らないのか? ちょっと調べてみると金木犀は雌雄異株植物であるが、江戸時代当時、日本へは花付きの綺麗な雄株のみが輸入されたため、現代に至るまで国内には雌株が存在していないそうだ。「挿し木」という人工無性繁殖法は、いわば本体のクローンを増産しているようなものなのだろうか。ただし、一般的に定義されているクローンと一線を画す現象がある。 若返り現象。 不老不死を夢見る人類が飛びつきそうな現象だ。 例えば、樹齢数百年経過している木の枝

ユウキ サクタ
2025年11月10日読了時間: 2分


『完成と未完成』
「作品の完成はどうやって決めているのか?」 展覧会へ足を運んでくださったお客さんから、こうした類の質問を受けることが多い。 これまでそれなりの作品数を仕上げてきてなんとなく掴んだ感覚はあるが、それが万事正しいのか未だ自分でも自信がない。でもせっかくなので書き留めておこうと思う。 描き始める時、まっさらな灰色のキャンバス面がやけに綺麗に見えて、筆を走らせるのに躊躇いを感じるが、一色置いたらそこからは勢いとリズムと感覚の嵐。飄々と変わりゆく画面上を絵具と筆致と地の色のやりとりを経て、『キャンバス』から絵画作品へと昇華させていく。 そしてある一点の時、画面から危険信号が出るのだ。 「これ以上描くと崩れるぞ。」という切羽詰まった声。実際に声が発せられてるわけでも、幻聴が響いているわけでもない。ただそう言った比喩で表すのに相応しい感覚が完成間際の作品から感じられる。それが察知できたらスパッと筆を下ろし、新たな作品へと切り替える。ここ数年の制作スタイルの流れだ。 ……ただし、この感覚も当てにならないもので毎回“声”が聞こえるわけではなくて、だいたい2~3作品

ユウキ サクタ
2025年10月30日読了時間: 3分


「思い出ひととき」
先週土曜日にFM滋賀でオンエアされていたOLDIES GOODIESの番組に、なんとGARNET CROWメンバーの作詞家兼ピアニストさんがゲスト出演していました! ハンドドリップで珈琲を淹れ(フードペアリングのお菓子も忘れない)、久しく開いていなかったradikoアプリを開き、高性能Bluetoothスピーカーを借りて正座待機。開始時刻から2~3分遅れで、真昼のラジオに相応しいリズミカルで軽やかな雰囲気の音楽が流れてきて、番組がスタートした。 こちらの番組、フォークシンガーと音楽プロデューサーの2人組がパーソナリティとして主に1950年代~70年代の洋楽を中心に紹介しているそうだ。またプロデューサーさんとご縁のあるミュージシャンが出演することもあり、今回はその流れで引っ張ってきたとのこと。(ラジオの中でもオファーではなく引っ張ってきた、と言っていた。) このバンドが解散してから早12年。いつのまにか干支をぐるりと一周していた。 もはや音楽やライブ映像でしか、彼らの声を辿ることができなくて(日々の暮らしに忙殺されてのんびりライブを振り返る余裕もな

ユウキ サクタ
2025年10月16日読了時間: 3分


『万博散歩』
駆け込みで大阪関西万博へ行ってきました。 最寄りの夢洲駅に到着したのは午前8時。 朝9時に開場するゲートの前では既に長蛇の列ができていて、椅子や敷物を持参して長時間待機に耐えてる人、おにぎりやパンで手早く朝食を取ってる子(一体何時から並んでいたのだろう)、関西万博公式キャラ...

ユウキ サクタ
2025年10月10日読了時間: 4分


『アイデア瞑想』
定期的にやってくる、木工作業欲。 展覧会に向けて新しい作品を(半ば強制的に)作らねばならない時、強烈に木工作業をやりたくなる。と言っても本格的なDIYというわけではなく、キャンバスの支持体作り限定であるが。 電動ノコギリで木材を切断したり、インパクトでビスをひたすら打ち込ん...

ユウキ サクタ
2025年10月7日読了時間: 2分


『非日常プレート』
普段と異なるプレートは味覚にも影響を与える。定番なメニューの集まりでも、盛り付けるお皿が変わるだけで新鮮な視覚情報が入り、より細かな味付けを感じ取ることができるからだろう。 「今夜は飛行機の機内食を再現してみた!」 エストニアの旅から帰国して数日後、相方の創作レシピに新しい...

ユウキ サクタ
2025年9月25日読了時間: 2分


『言語の音〜エストニア編〜』
最近我が家でエストニア語が流行している。 相方が音楽活動を通じて知り合ったエストニア在住の友人の楽曲や、お勧めされたミュージシャンの音楽が毎日リビングに流れている。もちろん全てエストニア語である。 いつのまにか本棚に新たな本も追加されていた。目につく高さの段に収納されている...

ユウキ サクタ
2025年9月18日読了時間: 2分


『謎の果実』
シェアアトリエの駐車場入ってすぐ右手側に、細長い花壇から窮屈そうに庭木が数本生えている。幹は細めでありながら背丈が2階のベランダと並ぶほど生長していて、巡る季節に合わせて新緑や紅葉が鬱蒼と繁り、出入りする車にも時折覆い被さってくる。アトリエ大掃除の時も山盛りになるほど枯葉や...

ユウキ サクタ
2025年9月11日読了時間: 3分


『チ。−地球の運動について−』 レビュー
最近「チ。-地球の運動について-」を読破した。中世の宗教が絶対的だった世界で、地動説を巡り命懸けの選択をする人々。当時異端とされた「地動説」を主軸に、天文学、数学、技術、宗教など何かに魅了され、真剣に、時には盲信的に取り組んで生きる姿が鮮明に描かれてて、月並みの感想だが面白...

ユウキ サクタ
2025年8月17日読了時間: 2分
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