『見る』と『鑑賞』
- ユウキ サクタ

- 5 日前
- 読了時間: 2分
改めて長沢蘆雪の画風に惹かれてる今日この頃。
アトリエの本棚から、数年前の展覧会図録を引っ張り出してきて鑑賞するのが、最近のルーティンとなっている。大胆な筆致で描いた流水や樹木や岩肌の表現、逆に柔らかな線でさらりと描いた犬や子ども達の戯れる作品など、線画の豊かなバリエーションに目がいく。
スケッチブック片手に模写クロッキーをしてみると、線を描く時の力の緩急、対象を捉える時の線の活かし方など、やはり自分とは全く違う眼差しで世界を見ていたのだと、改めて感じる。線画だけでなく、色彩、構図の鮮度が桁違いで、今私が求めている学びが此処にあるではないか!とテンションが上がった。
初めて長沢蘆雪の展覧会を見に行ったのは学部生の頃。図録の表紙にもなった無量寺の『虎図襖』・『龍図襖』が特に印象的で、襖の前に座った時と同じような目線で鑑賞できた記憶がある。実際のお寺の間取り(と例えて良いのか不明だがそう記すこととする)を再現した動線で、どこから鑑賞しても虎と龍の視線と常に合っていて、こちらが鑑賞されているような不可思議な絵画だった。
その後も長沢蘆雪展は、京都・大阪・東京など、主要都市での特別展が頻繁に開催されていて、京都や大阪の展覧会はその都度鑑賞していた。残念ながら今年は関西での展覧会はなさそうで、今こそじっくり作品を隅々まで鑑賞したいのに……と、惜しい気持ちになった。作品を「見た」記憶がしっかりあり、写真や図録で振り返ることもできても、目の前に存在する作品と心ゆくまで向き合う時間は「鑑賞」しているその瞬間だけ味わうことができる、特別なひとときだ。それは絵画だけに留まらず、彫刻や映像、インスタレーション作品、全ての表現に通じるものではないだろうか。
図録をパラパラと捲りながら、クロッキーを繰り返す。紙面だけじゃなく、そろそろ間近でアートを「鑑賞」したい。
今の自分に必要なのはインプットの時間かもしれない。


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