『時間残数』
- ユウキ サクタ

- 3 日前
- 読了時間: 2分
残された時間があと10年分だけ、と提示されたら何をするだろう。
もちろん作品制作を続けるだろうとは思う。ただ今のように、自由にマイペースに「無駄を楽しみつつ」自分の表現を追求していく感じにはならないかもしれない。此処で言う「無駄」とは結局身を結ばなかった実験、成し得なかった目標、だらだらと本を読んだりして過ごしたひととき等を指す。
最近は制作に行き詰まると、今自分が甘んじて過ごしている時間がぷつりと途切れたらどうなるだろう……?などと、絵具を混色しながらふとそんな考えが浮かんでくる時がある。ただ其処には悲壮感や諦め感のようなものは無く、純粋な知的好奇心と同じ感覚で「もしこうだったら」というifを想像している。
時間は有限。いや、正確には自分として過ごす時間が有限なだけで、時間そのものは永遠に続く、と思っている。自我が時間を認識しなくなるだけで、今この瞬間に私の人生が尽きても世界が一緒に終わることはない。
人間の文化的生活の変化を遡ってみると、10年の時間は短いとも長いとも言えない。子どもの10年間と30代の10年間が肉体的、精神的に与える影響が異なっているように、生命それぞれが認識する時間は同じであって同じでない。例えば地球が自身の誕生から捉えてきた時間と照らし合わせたら、10年なんて一瞬で通り過ぎる走馬灯のようなものだろう。(地球が時間を認知すると仮定しての話。)時間の長さは人によって、物によって変化する。そんな伸び縮みする自由奔放な時間を、私は大切にできているだろうか?
「残された時間があと10年」、改めてこの仮定を想像すると、途端に切羽詰まるような、やり残したことや絶対にやっておきたいことなどが雪崩の如く迫ってきて、逆算してスケジュールを組み立ててみたらびっくりするくらいゆとりがない状態になって、一周回って笑ってしまった。追い詰められると感情とは無関係に笑いが込み上げる良い例である。
時間の無駄使いも慎まなければ……と決心しつつ、今日も珈琲片手にスマホをいじっている。






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