『ステイトメント』
- ユウキ サクタ

- 13 時間前
- 読了時間: 2分
ステイトメント。
美術作家を名乗るにあたり、決して逃れられない言葉だ。
statement をカタカナ表記したものであり、発言、声明、メッセージ、演説など様々な意味を持つ。
此処では作品を生み出すにあたってのコンセプトやテーマ、と言ったところだろうか。
受験絵画地獄が終わって、いざ美大生を名乗るようになった頃の戸惑いは今でも覚えている。それまで各大学ごとの傾向から対策を練って、定められた正解に向けてスパルタ式に何も考えず描いていれば良かったスタイルから、いきなり「自由に何をやっても良い」みたいな放任主義の空気感に放り込まれて、文字通り迷走する事態になった。
何をアートで表現したいんだろう?何を描きたかったんだっけ?
一応大学であるからには、卒業に必須な単位が実技にも設定されていて、デッサンやクロッキー、教授からの演習課題等、授業らしい時間もあったが、それ以上に悶々と作品制作について禅問答自問自答することが多かった。悩んでいる時にできた作品は、描きからテーマまで一貫性も何にもなく、完成後に振り返っても「この時何を描きたかったんだろう?」と作者本人ですら分かっていないあり様だった。
必死に画塾で積み重ねた木炭紙とキャンバス作品、その成果を美大入学早々に無慈悲に崩し落とされる感覚。嵐を耐え抜いたと思ったら、不意を突かれて想定外の場所へ吹き飛ばされた落ち葉のようだった。
合評で教授や他の学生に説明する時、毎回作品を言葉にすることが苦痛だった。そもそも言葉にする必要ありますか?言語化できないから絵にしてるのに。当時隠れ反抗期(?)だった私の心の叫びである。
その後も数えきれない紆余曲折を経て、今の自分の制作スタイルを見出してる。流石に作品を言語化することの重要性は理解しているが、きちんと纏められているかは怪しい。
先日数年ぶりくらいに、作品のアーカイブを見ながら文章を書き直したが、ステイトメントと向き合う際は毎回自分の黒歴史を記すような謎めいた羞恥を抱く。ただ同時に、作品制作への眼差しをしっかり納得できるようにもなる。
今後もきっと作品を重ねるごとに、ステイトメントの内容も理解も変わっていくだろう。






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