『デジタルキャプション』
- ユウキ サクタ

- 3 日前
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京都国立近代美術館にて開催中の特別展「セカイノコトワリ――私たちの時代の美術」を見てきた。やなぎみわさんや森村泰昌さんといった学生時代の美術の教科書にも乗っていた作家さんから、京芸の先輩やお世話になった教授まで、1990年代~現代に至る選りすぐりの美術作家の作品が館内の空間を駆使して展示されていて、見応え満載の展覧会だった。
(以前からだった気もするが)この展示ではキャプションや作品マップが、QRコードを読み込んでPDFをダウンロードするタイプのものだった。ペーパーレス化の余波がこんなところにまで及んでいるとは……。鑑賞後も手軽に作品情報を確認できる、鑑賞の思い出資料を紛失する心配もない。(夏に鑑賞した二条城でのキーファー展もデジタルだった。おかげで撮影した写真と作品情報を見返す際、大いに役立っている。)まさに理想的な変化ではないか。
ただし利点があれば欠点もあるもの。今回のキャプションデータには、作家ごとの作品制作に向かう姿勢や視点、コンセプトがとても丁寧に記されていて細かな情報を知るには充分な資料だった。つまり裏返せば文章量が多く、展示作品を鑑賞しながらスマホ画面を何度もスクロールさせて読まなければならなかったということ。コンテンポラリーの分野は、特に作家の意図をしっかり把握して鑑賞することが求められている気がする。笠原恵実子さんの作品、ヨーロッパ圏の教会に設置されている献金箱を撮影した無数の写真と、それらをきっかけとして新たに作成したオブジェとの関連性は(おそらくキリスト教信者でないと察せられない)すぐには分からず、キャプションを読み返して作品の前で立ち止まって考えてようやく理解が深まったし、原田裕規さんの映像「シャドーイング」シリーズも、コンセプト文を読破しなければ作品の意図をはっきり受け取ることが難しかっただろう。作家が作成した人物達による初心者レベルの英語で自己紹介している画面、としか感じられなかったかもしれない。映像の中に作家自身の声や肉体の重なりを見つけられず、勿体無い鑑賞をしてしまう可能性もあった。キャプションの読み込みは鑑賞において必須項目である。
デジタル画面と作品を交互に見続けたせいか、鑑賞後はいつも以上に目と肩が疲弊していた。当たり前にあったアナログ製のキャプションや会場マップのありがたみをひしひしと感じた。
美術館の鑑賞スタイルも、デジタル化とアナログ維持を行ったり来たりして試行錯誤真っ只中の時期なのだろう。






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