旅の恥は掻き捨て——旅先では知っている人もいないからどんなに恥をかいたとしてもその場限りである、という諺。
旅の解放感や見慣れない景色、自分にとっての非日常な時間の過ごし方で自制心が緩んでしまうのも無理はない。
しかし、旅の楽しい思い出がいつまでも残るように、同時に恥なる思い出も決して掻き捨てされない事を声高に断言しておきたい。特に一緒に旅を満喫した人がいれば、細部までばっちり共有される。
忘れもしない人生最大の‘旅の恥’は、大学院の友達と2019年のヴェネツィアビエンナーレへ旅をした時のこと。滞在期間中はヴェネツィア市内のゲストハウスに泊まり、日本と気候も建築も風景も違う街並みに包まれて過ごした。
大きなキッチンもあって、「一晩くらいは自炊して宅飲みしない?」という提案で、現地のスーパーで購入したイタリア本場の材料で友人達とイタリア料理を作った。お酒はもちろんワイン(赤ワインとスパークリングワインだった気がする)。見応え満載の展覧会の感想や世間話などで盛り上がった。パッケリを使ったオリーブの実たっぷりのトマトパスタ、トマトとモッツァレラチーズを交互に並べてバジルを乗せたカプレーゼ、おつまみの見慣れない形をしたチーズ。
料理上手な友人がいたおかげで、どのレシピも格段に美味しく仕上がっていた。当時は大学近くの簡素なアパートに一人暮らしで、単純な煮込み料理しか作っていなかったため、久々にできたてほかほかな誰かの手料理を味わえた。1杯、2杯、3杯……とワインが止まらない私を友人達が目を丸くして見ていたのは覚えている。
「……さくちゃん、めっちゃ飲むやん。」
「そろそろお開きにしよっか?」
「もう一杯だけ〜。」
この最後の一杯がいけなかった。
ぐびーっと漫画のコマに出てくる擬態語が似合いそうな飲み方でしめて、しばらく酔いに浸っていると、今までにないくらいの違和感が身体の内側から込み上げてきた。
……その後どうなったのかはお察しの通り。
「大丈夫?!」
「片付けやっとくから少し休んでてな!」
みんなもそれなりに酔っていたはずだけど、私が一番ダウンしてしまった。
ヴェネツィアからお持ち帰りしたこの思い出は、掻き捨てされるどころか今も強烈に運河の水音とともに脳内再生される。この失敗も含めて、貴重な‘ヴェネツィアの思い出’になっていた。
※その後の旅路でも、懲りずにお酒は飲んでいました。ただし、ちゃんと加減して失敗はしなかったです。
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