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執筆者の写真ユウキ サクタ

『あ』

今日はどんな食事を作ろうか。ちゃんと栄養バランスも考えて、でもそれぞれ好き嫌いもあるし、大量に作ると余るし……。

仕事場のホームへ向かう前に立ち寄るスーパーにて、悶々とメニューを思案していた。

夕食の献立材料の買い出しは仕事内容の一つ。予算内で決められた時間までに人数分の料理を提供する。これはかなり頭をフル回転させなきゃいけない。気分は駆け出しの数学者のよう。

夕暮れ時のスーパーは家族連れ、親子、夫婦、友達同士、いろんな人がいた。

そしてこの時期、みんなマスクを付けている。

こんな光景見たことないや。

年明けお正月には一欠片も想像していなかった今の世界情勢やら、身近な自分の「仕事」のことやら、最近は頭が重くなる事柄が多い。

前途多難、一寸先は闇。これからどうなるんだろう……?

鬱々とした気分のまま会計を済まし、荷物をまとめて自動ドアを潜り抜けた。

「……あ。」

目の前をシュッとしたシルエットが横切った。行き先を追って見上げると、スーパーの建物の一角に燕の巣。

さっきの黒い影は親燕だったのか。巣の片隅にひらりと留まり、チチチチと何かを呟いている。

小さな嘴を健気にあけた雛が5羽、巣からひょこりと顔をのぞかせている。

「あー!見て。ツバメがいるよ!」

「あ、おいおい。あんなところに燕が。」

「あ!ほんまや。ヒナもいっぱい。」

「あ。すごいわねえ。おじいさんほら、綺麗な燕。」

「あ〜こりゃ立派なもんや。」

老若男女、誰もが立ち止まってこの小さな家族を眺めていた。

人の生活に大きな変化が起きていても、季節の流れは毎年変わらずに淡々と巡っている。

梅雨が明けたら新緑の夏がやってくる、自然界はいつだって生を全うしている。

当たり前すぎて普段はちっとも意識していなかった、単調で緩やかな移ろいに改めて気づき、思わず零れたこの一言。

「あ。」

今日はきっと多くの人の感嘆が濃縮されていることだろう。

マスク越しでも分かる綻んだ表情。その感情をたった1文字で表現できる。

日本語って便利だな。



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