北方ルネサンスを代表する画家ピーテル・ブリューゲルの代表作『ネーデルラントの諺』は、46×64インチのそれなりに大きな画面上に、ぎゅうぎゅうと大勢の村人達が描かれている。
当時のネーデルラント地域の小さな村での日常生活をモチーフにしているが、タイトルにもあるように人々は諺の意味を含んだ行動をしていて、いわゆるブラックユーモアがふんだんに散りばめられた作品だ。
画面中央部で女性2人が手仕事をしながら話し込んでいる。『一人が紡いだものをもう一人が乾かす』といった諺で、噂話をどんどん広めていくさまを表現している。彼女達のすぐ側で、真っ赤なドレス姿の女性が夫に青色の布を被せている。『彼女は夫に青い外套を着せる』は、妻が夫に隠れて不貞を働くという意味。コートを被せて目隠しするという用意周到な行動だ。
この二つの諺が隣り合っているということは、村中に不貞行為の噂は広まっているのだろう。道を踏み外した妻の末路が気になるところ……。
さらに絵画の村では、ごく当たり前に悪魔や動物達も暮らしている。椅子に座って頬杖をつく悪魔と、その足元にひざまづき涙を流す男や、村の女に捕まり押さえつけられ苦しみ悶えている悪魔もいる。それぞれ『悪魔の元へ懺悔に行く』・敵に秘密を漏らすの意、『悪魔でさえ枕に縛りつける』・頑固さは何でも克服する、といった意味を持つ諺だ。悪魔の表情も村人と同じくらい喜怒哀楽が明快で、人間らしさが滲み出ている。ぱっと見ただけだと村人との違いが分からないほどだ。神や悪魔の存在が身近だった時代、自分達の生活範囲内に悪魔がいても不思議じゃない感覚だったのかもしれない。
他にも現代に通じる戒めや教訓めいた諺もある。
右端の大きな籠から飛び出している両足。よく見ると籠の底は抜けていて、足の人物のお尻が落下していく瞬間だ。なんとも滑稽で無様なこの場面は『Door de mand vallen (籠から抜け落ちる)』、嘘は必ずばれる事を示している。「お天道様はお見通し」・「闇夜に目あり」など‘嘘’を戒める似たような諺は、日本にもありますね。
今と昔、日本とネーデルラント地域、時間軸も文化圏も違うが、諺が生まれる背景やユーモアなセンスが光る表現は、世界共通の言葉遊び。そこからさらに芸術作品が生まれている。
Comments