『美人の定義』
- ユウキ サクタ
- 2023年4月22日
- 読了時間: 2分
世界三大美人と言えば、小野小町・クレオパトラ・楊貴妃。いつからこの知識が植えつけられたのか、少なくとも小学生の時点でそう認識して、特に疑問に思うことなくそういうものなんだと思って過ごしてきた。だが、ありとあらゆる知識を学んで世界が広がっていくにつれ、違和感を抱くようになる。
小野小町は言わずと知れた平安時代の歌人。後世には六歌仙の一人として称される。九世紀頃の人物。
クレオパトラは古代エジプト、プトレマイオス王朝最後のファラオ。紀元前七十~三十年に生きた人物。
楊貴妃は唐の玄宗皇帝の寵妃。安史の乱の原因とされ傾国の美女とも呼ばれている。八世紀頃の人物。
彼女達が生きた時代も地域も異なるのに、何故「今」世界三大美人として括られているのだろう?
実はこの知識、世界での共通認識でも何でもなく、明治維新を経て日本の国際化やナショナリズムによって生み出されたものだそうだ。江戸時代にも「寛政三美人」や「明和の三美人」などが世間の話題に取り上げられていて、美人を三人選ぶという文化が世界スケールで発展したのが上記の「世界三大美人」というわけである。
「彼女達は引目鉤鼻のずんぐりむっくり、ちびの太っちょ、巨大なボンレスハム体型でお世辞にも現在の美人とは程遠い見た目だったと言われています。」
世界史の先生が何気なく放った一言は思春期の高校生には強烈過ぎて、『美の価値観』とは当てにならない、でも誰もが執着しそうな概念なんだ……、と半ば強制的に悟らされた記憶がある。
そもそも大昔の時代、飽食の地域や身分に生まれる人々は圧倒的に少なく、肥満になるほど食事を取れる機会なんて滅多になかっただろう。骨と皮だけのガリガリに痩せ細った人々の中、球のようにまん丸に肥えた体型はとても珍しく希少価値があるものに映ったかもしれない。豊作を願う土偶やプリミティブなオブジェが軒並み下半身が豊満な形態となっている点も鑑みると、なんとなく当時の美人の定義が見えてくる。
なかなか目にする機会がない貴重な姿が「美人の定義」の一つならば、今の健康標準体重よりも大幅に少ない理想体重を掲げる傾向は、現代日本の飽食の時代を表しているとも言える。
ルッキズムという言葉が街中を練り歩いているが、遠い地域の文化軸、過去と未来の時間軸では全く違う「美人像」があるという考えを抱きしめて私は歩く事にする。

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