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  • 執筆者の写真ユウキ サクタ

『生きる時間』

京都市動物園は岡崎通と二条通が交わる地点に位置し、近くには京都市京セラ美術館、京都国立近代美術館、平安神宮、南禅寺などがある。いくつもの市バスの経路にもなっていて、人々の流動が活発で都会と括られる地域。交差点のすぐ目の前にある正面エントランスをくぐると、門の外とは異なる種類の活気が雰囲気を演出している。来場者の傾向上、声のキーが1オクターブほど上がり、足元はコンクリートが平坦に丁寧に組み込まれていた。

令和元年。学生証による特権が幅を効かせていた時期に、母と妹と三人で出かけたことがある。猛獣エリアにライオンがいた。ライオン、百獣の王。枕詞としてセットで語られることが多い言葉と裏腹に、目の前のライオンは簡易な木製ベッドに横たわり、痩せた身体の節々がたんこぶのように凹凸を際立たせている。伸び切った胴体は厚みがなく、どう見ても「百獣の王」としての威厳は感じられない。

「めっちゃ寝てるじゃん。」

眺めている小さなお客さんの中には、露骨にがっかりしている子達もいた。

ナイルと名前の付けられたライオンは、平成6年3月9日に生を受けた。25歳、人間では100歳を超える長寿であり国内最高齢だった。私とほぼ同年代でありながら、その身体が受けた時間速度はあまりに激しく、時の流れはどの生命にも平等とは一概に言えないかもしれない。

野生のプライドでの暮らしにおいて、餌を探し求めたり子どもの世話をするのは、専ら雌ライオンの役目。だが獲物の部位で一番上等な、栄養価の高い肝臓を真っ先に食する権利を持つ。たてがみに象徴されるとおり、雄であるという大きな理由によって示されている。群れの頂点に立つというのは残酷な過程を経ている。プライドを乗っ取った暁には、自分が倒した雄ライオンの子どもを皆殺しにする。より強い子孫を、そして自身の遺伝子を確実に残すために、弱肉強食の定義に倣い実行する。やがて自分の遺伝子を受け継いだ子が生まれる。プライドを守るため、常に外部からの侵入者や他の動物、自分が辿った乗っ取りを企てる同種の雄に警戒しなければならない。若く力に満ち溢れているうちは良い。だが自然の掟で誰しもが年老いていく。その時が来た時、彼は何を思うのか。かつての若かりし頃の自分がおこなった行為が、そっくりそのまま我が身に降りかかる。人間社会では「因果応報」という。野生の雄ライオンの末路は切なく、プライドを追われ、獲物も捕らえられず、老いて痩せ衰え歩行が困難になり動けなくなったところで静かに横たわり、誰に看取られることなく呼吸と鼓動を終える。

変色した分厚いガラスに囲まれたナイルには、おそらく無縁な世界線だろう。食事に困る事なく、敵の侵入に神経をすり減らす必要もなく、縁側に座り込む腰の丸い老人のように穏やかな余生を過ごしている。どちらが幸せか、裏表はっきりできるものではない。生まれ落ちた場所で生きることを淡々と実行した生命体の同志であることが、事実として残っている。


令和2年1月31日に、ナイルは雄ライオンとして100年超の生を終えた。

現在の園内マップに、ライオンのマークは残っていない。




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