『珈琲時間旅行』
- ユウキ サクタ
- 2023年7月24日
- 読了時間: 3分
地域の評判や名物メニューを下調べして目的地に向かうのも良いものだが、偶然通った道沿いでたまたま発見したお店に入るのも、探検隊気分を味わえて一興である。
神戸での用事を済ませ、直射日光の照り返しが激しい坂道を三宮駅目指して歩いた。右側歩道沿いに蔦の絡まるレンガ建築と青銅色の街灯がぽかりと目に飛び込んできて、その街灯には看板が小さく掲げられていた。『coffe にしむら 北野店』
時刻はちょうどお昼時。青黄緑色した葉のカーテンをくぐって道から少し隠れた扉を開けた。
歴史ある小さなホテルのロビーみたいなフロア、右手には玄関と同じくらいの重厚な扉が開け放たれ向こう側の空間が垣間見える。左手には灰色の布が敷き詰められたこれまた重厚な螺旋階段が二階へと誘っていた。
「いらっしゃいませ。喫茶かレストランどちらのご利用ですか?」
一階の喫茶空間に案内され、扉からちょっと隠れた二人用丸テーブルの席についた。受け取ったメニュー表は木製の堅牢な本。重い。
小さな絵画が壁面に飾られていて、華やかな装飾のマグカップなどが収納された鏡付きの戸棚、弦楽器のクインテットの人形を乗せた大きめオルゴール、突き当たりには大人数にも対応できるソファ席と暖炉があった。店内の電灯も橙色したノスタルジーなデザインで世界観が統一されている。
20分程悩み、ケーキセットでトラウベン・シュトゥルーデルとブレンド珈琲を注文した。ドイツ語で葡萄の渦巻き。神戸に佇む英国風建築の喫茶店でドイツ発祥のケーキを日本人の私がいただく。グローバルの恩恵をふんだんに受け取った。
白ワインの原料にもなるリースリングを使ったクリームと、パイ生地のようなサクサクした食感に包まれた大粒の葡萄の控えめな酸味とささやかな甘味のバランスが絶妙。ナイフとフォークで切り分けクリームを乗せてひと口。細かくカットしたつもりがかなり大口にしないと入り切らなかった。ブレンド珈琲はいつもどおりホット。お砂糖とクリーム一式も金属製の洒落たケースに盛りつけられてやってきたがブラックのままいただいた。ロースト加減がフレンチかイタリアンか、かなり濃く焙煎されている気がする。ほろ苦く香ばしい後味でケーキとの相性がぴったりだった。カップには昔ながらの珈琲豆を挽く粉砕器が描かれていた。
窓からはさっきまで歩いていた坂道が熱を帯びているのがうっすら見える。行き交う人々は登りも下りもせかせかと小走り気味。菱形格子で隔てられたこちら側の空間は洋風竜宮城のようで、時間がゆっくり流れている。
隣の席のテーブルにはフルーツサンドといちごのケーキ、さらにアイス珈琲が狭いながらも仲良く並んでいた。偶然見つけて何気なく入ってみた喫茶店でのひととき。偶然居合わせたこの人達と、また此処で巡り合う時は来るだろうか?
振り子時計の鈍い響きが時刻を知らせてきた。午後からの用事が差し迫っていることを思い出し、現実の時間の流れに身を乗り出して喫茶店を後にした。
今度はサンドイッチを注文しよう。

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