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『物語の定義』

  • 執筆者の写真: ユウキ サクタ
    ユウキ サクタ
  • 2023年4月27日
  • 読了時間: 2分

世界には数えきれないほどの昔話が存在している。子ども時代から馴染みのある物語や、映画・小説の元になった長編物語、ファンタジー要素の強いものから当時の風俗がふんだんに盛り込まれウィットに富んだものまで多種多様だ。

昔話といえば、かなり残酷な描写やグロテスクで刺激の強すぎる表現が物議を醸す事もあり、その都度マイルドな表現に変更されたりお話そのものを抹消されたりしてきた。大学生の時、初版のグリム童話や怖い日本昔話に興味を持って少し調べていたが、強烈なインパクトのあるお話もたくさんあり、その影響を引きずってか当時の作品も内臓を取り出す人物や真っ暗な森の鬱蒼とした世界、刃物を持った子どもの肖像画など、振り返ると闇深い図像の作品が多かった。

当時の心情としては、幼少期に親しんだ昔話の記憶と照らし合わせ、大人達が何を子ども達に見せたくて何を見せたくなかったのか、物語の外に追い出された表現を辿ることで本来の姿を発掘する楽しさに満ち足りていたのだが。


昔話については、現在進行形でも改編が進んでいる。「カチカチ山」で杵で殴られたお婆さんや泥舟とともに沈んだ狸の命は助かって、最後に狸が涙の謝罪をして和解し皆で仲良くお餅をついてめでたしめでたし。「こぶとり爺さん」でこぶを二つ付けられてしまった意地悪爺さん、悲観に暮れて泣いていたところ善良爺さんの陽気な踊りで慰められて大笑い、なんと笑った重みでこぶが落ちて意地悪爺さんもこぶの無いお爺さんとなり、二人揃って踊り好きの陽気な翁として村中の評判になったという。「桃太郎」で家来やお供と呼ばれていた猿・犬・雉は桃太郎の「仲間」という枠になっていた。鬼退治においてもコテンパにやっつけることはせず、最終的に鬼の親分が降参し宝物を返して人も鬼も仲良く暮らしましたとさ、と物語は締め括られている。

幼少期の物語記憶から、たった二十年足らずでこんなにも印象が変わる改編がなされていた。あまりの変容っぷりに少し疑問を抱いてしまう事は、ただの自己中心的郷愁として片付けてしまって良いのだろうか。

私達の世代が親しんだ物語も、黎明直後からはかなり変質して耳に届いた内容だったかもしれないが、改編行為がその物語の軸になる絶対に変えてはいけない核部分にいつか触れてしまうのではないか?その時、物語はちゃんと生かされるのか?


書店の絵本コーナーで立ち読みしながら、それぞれの物語定義は何だろう?と考えている。




 
 
 

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