美術館やギャラリーで作品を鑑賞するとき、真っ先に目に留めるのは作品を彩る色彩だ。鮮やかな蛍光色を放つ作品、渋めの落ち着いたカラーの絵画、彫刻や陶芸の木材や漆、釉薬といった素材感を生かした色。
‘色覚’は様々な観点で捉えられる概念の一つ。
人間には赤・青・緑を認識する錐体細胞があり、3色型の色覚を持つ。これは科学の視点から。
街中に溢れるレストランやファストフードなどの飲食店を見てみると、赤色や橙、黄色などでレイアウトされていることが多い。暖色系統は食欲を促す視覚効果がある。これは心理学の視点から。
色関連で印象的なのは、日本史でも有名な冠位十二階の制度で、位の高さごとに色を設定していた事。紫・青・赤・黄・白・黒、さらにそれぞれ濃・薄があり合計12色。この知識を得てから、なんとなく紫色は高貴なイメージを纏うようになった。歴史的にも色彩が大きな役目を担っていることを証明している。
世界はいろんな色に溢れている。
ところで、今私が見ている’色’と誰かが別の視点から見ている’色’は同じなのだろうか?
月は何色?と尋ねられたら、私は「黄色」と答える。世界的には月の王道の色は「銀色」なのだとか。(とは言え、ブラッドムーンやスーパームーン、ビーバームーンなど様々な月の色や時期によっての呼び名があり一概には定義しづらい。)文化の違いもありそうだが、同じ日本人、同じ地域で同じリズムで暮らしをしていても認識のすれ違いは起きてくる。オリーブグリーンに白を混ぜた色彩を見た時、私は「薄緑色」と捉えたが、「薄黄色」と答えた友人や「暖色のグレー」と答えた先生もいたり、まさに千差万別だった。
色覚異常の人の中でも、S錐体・L錐体・M錐体のどの錐体が機能していないかによって見える視界の彩りが変わってくる。環境デザインやユニバーサルデザインの分野ではもっと詳しく学べるよう。
まだまだ例え話はある。高校の時の生物の先生が授業でほんの少し触れた話では、上下左右が反転する眼鏡を1~2週間ずっとかけっぱなしで日常生活を送っていたら、ある日突然その眼鏡をかけたままの状態で通常の視界(つまりは上下左右が元通り)に脳が認識した、という実験結果があるということ。色だけの問題では無いが、当時最も記憶に残る授業内容だった。(実験には続きがあり、眼鏡を外した裸眼の状態でしばらく上下左右が逆さまの視界になっていたらしい。ここも含めて衝撃的。)
色の無い場所は存在しない。これほどまでに曖昧で定義の難しいものが世界を覆っていると思うと、人体を含め自然や地球そのものを侮ってはいけないなあと、少しだけ謙虚な気持ちを抱くのです。
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