個展に向けての制作がいよいよ大詰めになってきて、最近は飴玉やガムをお口のお友として制作中に食している。切羽詰まった状況では、レモン味やみかん、サイダーなど舌先をシュワシュワと刺激する味が恋しくなります。
スーパーの食品売り場を観察していると、一つの商品についてさまざまな味が開発されていて、食に関して飽きさせないための企業努力が窺える。大好物のチョコレートも、カカオ95%のビターや定番のミルク、いちご味、抹茶味や最近よく目にするようになったピスタチオ、お酒を含んだものまで多種多様な味覚に溢れていて思わず手が伸びてしまう。
さて、何も口に含んでいない時に食べ物を思い浮かべるのはよくあることだが、主な味覚として代表される甘味・苦味・酸味・辛味のうち、空想だけでその食べ物の味を詳細に思い出させるのは「酸味」だ。(ここは個人差があるかもしれません。)
酸っぱい食べ物代表格である梅干しやレモン。これらをちょっとしたきっかけで想像した時、空っぽなはずの口の中に突如としてその姿が表れる。皺々に萎んだ赤黒い梅肉にびっしり纏わりついた白塩、糸のように無造作に伸びてくっついている紫蘇の切れ端。今、口腔空間を支配しているのはあーちゃんお手製の梅干しと紫蘇の塊。噛むたびに赤紫色のエキスがじゅわりと出てきて、歯も舌も薄紅色に染め上げられる。果肉が大きければ種も大きい。先端が尖っていて気をつけないと頬の裏側を傷付けて口内炎になってしまう。普段以上に唾液が産出され、この酸味いっぱいの塊をなんとか嚥下しようと身体が頑張っていた——。
現実は手元にあーちゃんの梅干しは存在せず、口腔に酸っぱいものなど皆無な状況なのに、口元は梅干しを咥えている時と同じあの窄ませた独特のポーズを形作っていた。脳が完全に、今、此処に、梅干しはあると勘違いしていた。
反射行動の一つで、過去に酸っぱいものを食べた時の記憶が呼び起こされるのが原因で生じる現象。「酸味」は本来、毒性の強いものや腐敗したものに特徴的な味覚だったらしく、この味を知覚することは危険を察知するための重要な身体防御なのだとか。味覚は人間の五感で最も敏感な感覚だという。「食べる」ことは体内に自分と異なる物質を取り込むわけで、なるほど生命維持のために最も発達しなければならなかったというのも納得だ。
大作と向き合いながら三ツ矢サイダー飴レモン味を頬張り、毒の味を堪能している今の心理状態は締め切り間際の漫画家さんと同じ……とお察しください。
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