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  • 執筆者の写真ユウキ サクタ

『寄り道のお土産』

自宅からアトリエへ向かう方法を電車に変更してから2ヶ月が経った。マンションの階段を下り、一方通行の道路に出て、通勤ラッシュで忙しく排気ガスを吐き出しながら走る車に注意して駅へと向かう。緩やかな上り坂は急勾配の坂より分かりづらい疲労感を蓄積させる。この地域に居を構えて数年経過しているが、電車通いが日常に組み込まれたことで、ようやく道沿いに何がどのような配置であるのか正確に把握することができた。(この期間にもコンビニが閉店したり、新しい薬局が建設されたり……季節よりも移ろいが大きかった気がする。)

駅近ということもあり、本屋、病院、保育所、コンビニ、美容院、喫茶店、立ち飲みの居酒屋、インドカレー屋など様々な施設やお店が並んでいる。どれも住宅地と隣り合っていたり、マンションや小型ビルの一角を切り拓いて営業していて、暮らしの風景にあまりにも溶け込み過ぎているように感じる。こんなに充実しているのに目に留まることが少ない。

そんな新たな通勤路の中で、綿密に埋め込まれた街風景からちょっとずれたような雰囲気を纏ったお店がある。柔らかな毛筆で書いたような定番フォントで「鳥房」と掲げられた看板は、赤茶色の年季の入ったもの。かつては朱色だったのだろうか。季節料理酒房と銘打つとおり此処も居酒屋なのだが、実はまだお店の中に入った事はない。横開きの扉が二つあり、どちらが正しい出入口なのか分かりづらい。18:00頃になると、扉の隣に設置されたテイクアウトコーナーにパック詰めされたお惣菜が整列する。キッチンカーの販売窓口みたいに改造された大窓から、唐揚げを揚げる油のきめ細かい音と香りが道路まで漂ってくる。

「はいいらっしゃい。」

誰が見ても親戚の誰かに似ているなと感じさせる、眼鏡とふっくらした頬の素朴なおばちゃん店主が一人で切り盛りしているようだ。春分の日を過ぎたとは言え、18:00を過ぎればあっという間に明度と彩度が落ちていく。帰路につく黒いスプリングコートを着た人々と夜の帳に沈んだ生活道路、その中にぼんやり橙色に浮かぶ香ばしいお店。

「唐揚げと焼き鳥三本セットで。」

アトリエ帰りの定番なお土産になりつつある。よく注文するのは名物の唐揚げ。一口サイズで衣に白胡麻が練りこまれていて、硬めの衣と柔らかいお肉、塩味と旨味が絶妙なバランスを保っている。個人的なお勧めは大きなだし巻き卵。焦げ目と継ぎ目のない綺麗な黄色の表面と、少し硬めの巻き具合で厚みが3cmほど。喧嘩にならないようきちんと切り分けられているのも店主の優しさを感じます。

色彩と香りに誘われて、今夜もまた暖簾をくぐるだろう。




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