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  • 執筆者の写真ユウキ サクタ

『七草の人』

晴れて新年を迎えて10日以上が経過した。この期間でも出会った人々やお別れした人々は沢山いて、たった一度の偶然の出会いが、ささやかに私の生活へ影響を与えている事もある。


作品制作の息抜きに、アトリエの近所を散歩していた時のこと。この日はいつもの桂川土手沿いではなく、京阪淀駅あたりの住宅街の道路をのんびり歩いていた。

「あの、ちょっとすみませんが……。」

背中を丸めた、齢米寿はむかえていそうな白髪のお婆さんに声をかけられた。

「近鉄大久保駅はこっちで良かったですか?」

南東の方角を指差している。確かにこの現在地から近鉄大久保駅は、その方向で合っていた。

「淀駅は京阪線なので、丹波橋駅まで行けば近鉄線に乗り換えられますよ。」

「あ、大丈夫です。途中で買い物もしたいので歩いて行きます。」

なるほど、運動にもなって良いですね。お気をつけて——そう答えそうになったが、同時に此処が今淀駅前である現実に気づいた。近鉄大久保駅ってかなり距離あったよな?慌ててグーグルマップでルート検索すると、車で30分、徒歩だと1時間半かかると表示された。

「大丈夫、大丈夫。いざとなったら路線バス探しますから。わざわざおおきに。ほなありがとう。」

私の説得も虚しく、お婆さんは南東の方角に向かって意気揚々と歩いていった。先程よりも背筋が伸びているように見えるのは、果たして気のせいだろうか?やがてお椀みたいな後ろ姿は交差点を曲がって建物の後ろへ消えていった。

私も歩くことは好きだが、アトリエから大久保駅まで歩こうなんて考えた事もなかった。晴天が続いた週。あの人には、季節柄の寒さは感じつつも少しだけ活動的になるスイッチが入っていたのかもしれない。先の未来、自分が米寿を無事に迎えられたとしてあの人と同じような思考回路ができるだろうか?


本当にお婆さんが大久保駅まで歩いたのか、真相は不明のままだ。もしかしたらあの人は、私に七草粥を作らせるためだけに現れた人物はないだろうか?奇しくもその日は七草セットなるものがスーパーで売られていて、’健康’のキーワードとともにお椀型の歩く後ろ姿が浮かび、思わず衝動買いした。

七草粥は1月7日に食べられる、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロといった春の七草を入れて炊くお粥。年末年始に食べ過ぎで疲れた胃腸を回復させる効能がある。今回は粥ではなくお吸い物にしたのだが……。京都に移住して初めて作った七草料理だった。




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