悲しい事に近所のケーキ屋「リンデン・バーム」が先月末に閉店してしまった。このエッセイにも何度か登場しているケーキはどれもこのお店で買ったもので、誕生日やクリスマスの時期によく愛用していた。
お散歩コースの道を歩いている時、お店の前に貼り出してある手書きのお知らせが目に留まった。普段から臨時休業や翌月の休業日等はこのお知らせから把握していて、6月30日、その日もいつものようになんとなく温かみのある文字を読んでみた。
『閉店のお知らせ――6月末日をもちまして閉店する運びとなりました――本当にありがとうございました。』
突然の情報に激しく動揺した時と同じ心拍数に跳ね上がった。いつもなら扉が開け放たれて、ほんのり甘い香りとショーケースの明かりがぼんやりとケーキを照らしている時刻だったが、既にブラインドが下ろされ営業終了のような雰囲気が漂っていた。だが後ろからやってきた女性が何の躊躇いもなく店内へ入っていったので、その勢いに便乗して私もしれっとお邪魔した。他にも何人かお客さんがレジに並んでいて、奥の厨房に一人、ホールスタッフが一人、奥と手前を行き来しているスタッフが一人、と計三人で切り盛りされていた。記憶では所狭しとケーキが敷き詰められていたショーケースは、すかすかの空っぽで風通しがすっかり良くなっている。僅かだがバスクチーズケーキと、苺のショートケーキがいつもよりちょっとお洒落な銀色トレーに乗せられていた。ショーケースの上に陳列されていたマドレーヌやカヌレといった焼き菓子コーナーも、ポップだけ残して肝心のお菓子は旅立っている様子。アイスクリーム用冷凍庫の中も、インスタント珈琲や紅茶売り場も空っぽ。商品の姿が無いだけで、空間がやたら広く感じられた。いきなりやってきた「終わり」の印象は、こんなにも場所の広さを変えてしまうものなのか。
「申し訳ございません。あとは予約いただいたケーキしか無くて……。全部売れてしまったんです。」
気づくのが遅過ぎた。残念ながらリンデン・バームのケーキを最後に味わうことは叶わなかった。気になっていたものがまだ何種類かあったのだが……。
「ケーキすごく美味しかったです。ありがとうございました。」
店員さんと別れ際にきちんと挨拶できたことは幸運だったかもしれない。人間関係でも節目の「挨拶」ができずにそのまま途切れてしまった関係がいくつもある。
ケーキに関して、しばらくぽっかりと空洞のような感覚が続くだろう。

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