『いくつもの意味』
- ユウキ サクタ
- 2023年5月21日
- 読了時間: 2分
一つの言葉に一つの意味、とは限らずいくつかの意味を持っていることが多い。
例えば「ぽすと」。
郵便を投函するポスト、ポストカード、会社の役職として使われるポスト、小学校でのバスケットボール部ではポストプレーなる練習をしていた。美術史で語られるポスト印象派やポスト構造主義、ポストモダンアートなどは、近代~現代美術の流れを知る時に欠かせない用語だ。
「ぽすと」の言葉とは、手紙や郵便を投函する容れ物として出会った。赤色に塗られた直方体、若しくは郵便局員の帽子を模っててっぺんに被っている円柱型のものもある。後者は貯金箱タイプでも身近に持っていたり、大学近くの図書館と隣接していた昭和歴史民俗資料館にて、錆びついて使い古されたものが無造作に置かれていたのが印象的だった。小柄な小学生の身長よりずっと大きな高さと重みのある存在感を放ち、どれだけの手紙を取り込めるんだろう?とポストの中でぎゅうぎゅう詰めにされた手紙を想像して、いつかパーンと弾け飛ぶかも……、館内を見学する度にそう妄想していた。
美術史の中での‘ポスト’は「post:~の後」という意味を持つ接頭語であり、つまりは印象派の後、モダンアートの後、というざっくりした範囲の呼称。この時代の代表的な芸術家や美術批評家を勉強していたとき、あまりに広い時間軸と分野の渡り合いがあって覚えるのに苦労した記憶がある。
小学生の頃、初めて‘ポスト印象派’という言葉を聞いた時、手紙を回収するあの赤い箱を連想したのは言うまでもない。日本では後期印象派という呼称が一般的だが、何故か‘ポスト印象派’の方で先に覚えていた。セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、一部では新印象派のスーラも加わることもあり、彼らの作品を「どうしてこの絵がポストって呼ばれるんだろう?」と悶々と疑問を感じながら鑑賞した美術館での思い出。このような感想は、‘ポスト’の意味を郵便関連だけで捉えていた幼い知識だったからこそ生じたものだった。果たしてこの鑑賞の仕方が良かったのかは分からないが、今後同じような状態で絵画作品を眺める事は二度とない。一旦定着した知識や常識をリセットするのは難しい。
勘違いから始まる芸術鑑賞も面白い……はずです。

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