今住んでいるシェアアトリエ兼シェアハウスには様々な木工道具があり、DIYはもちろんキャンバスの木枠やパネルなど、作品制作の土台作りには最適な環境が整っている。
ある朝、電動のこぎりの音が聞こえてきた。
眩しい日光が照りつけ始める時刻。外では1人の作家さんが黙々と木工作業をしていた。どうやら新しい作品を作るようだ。
刃が回転する電動音、木材が切断される音、カランと地面に木材が落ちる音、ビスを打ち込む音——。
幼い頃見ていた風景が、目の前に溢れてくるようだった。
愛知にある祖父母の家は木材工業を営んでいた。遊びに行くといつも何かしらの工具の音が響き渡っていて、普段耳にすることのない音でにぎわう空間のなか、従兄弟たちとよく遊んでいた。
作業服を着た祖父に気難しそうな年配のおじさん、日焼けした肌と茶髪に眼鏡のお兄さん、事務仕事を担っていた祖母と伯母で切り盛りしていて、こじんまりとした工場だった。
考えてみると不思議なものだ。
大人になった私は、あの日々と同じ音が聞こえる場所に居を構えている。異なる点は、自ら道具を駆使し物を作り出していることだろうか。
10年以上前に祖父が亡くなり、工場は決して短くはない歴史に幕を閉じた。使われなくなった工具類はそのまま置かれ、作業場に取り残された木屑は舞うことなく床の隅に溜まるだけとなった。
そして今年晩春、祖母が祖父のもとへと旅立っていった。
最後に工場へ行ったのはいつだっただろう。生活範囲が広がるにつれ、工場へ赴く間隔もどんどん開いていった。まだ工具は置いてあるのか、それさえも朧げになっている。
……確かめたいな。
既に持ち主はいなくても、染み付いた時間は感じられるから。
今日も工具を手に取り作業を進める。怪我をしないように手袋は欠かさずに。
懐かしい音がこだまする。
おじいちゃん、おばあちゃん。2人が聴いていた音、今も私は聴いてるよ。
感染症の パンデミック
全てを流し尽くす 大津波
裏切りが絶望が燃やすツインビル テロリズムの9・11
膨らんだ欲望の泡が吹き飛んだ バブル崩壊
100年に一度の危機は いったい いくつあるんだろう?
100個あるなら、毎年の日常。
私が知っているだけでも10年に一度は起きているから少なくとも10個はあるんだろうな…。
100年後、2020は集団ヒステリーによるパニックが起こった年と語られると私は思っている。
そのとき私はいないが、作田さんなら2020に起こったことの再評価の一端には触れれるだろう。
きちんと今に向き合って、
誇らしく作り上げた近代が ぜーんぶ 砂の城で あっちも こっちも 音を立てて崩れていく
その証人となった作田さんの その姿を記憶した作品を 作って下さい。
あなたなら 出来るはず。今の時代を 描きとめれるはず。理々